Archive for category シャツ

シャツの襟(カラー)の種類

レギュラーカラーシャツ

最も普及している、定番の襟型。ネクタイはプレーンノットがオススメ。

若い方は、ワイドカラーよりも、レギュラーカラーのようなスプレッドの閉じた物が似合うので、レギュラーカラーシャツが良い。

定義

  • 喉側から衿の先端までが70~75ミリ
  • 襟のスプレッド(開きの角度)が75~90度
  • 襟足の高さ30~38ミリ

セミワイドスプレッドカラー

定義

  • 喉側から衿の先端までが75~80ミリが多い
  • 襟のスプレッド(開きの角度)が90~100度
  • 襟足の高さ38~42ミリが多い

ワイドカラー

定義

  • 喉側から衿の先端までが75~80ミリが多い
  • 襟のスプレッド(開きの角度)が100度~180度
  • 襟足の高さは様々

ボタンダウン

20世紀初頭、アイビーリーガー(アメリカの名門私立大学連盟8校の生徒)の間で人気を博し、特に第二次大戦後、ヨーロッパ、日本の学生の間に一大ブームを巻き起こした。
ボタンダウンシャツの最大のメリットは、ノーネクタイの時のシルエットが崩れない事。
あまりビジネス向きでな無いが、シャツ一枚でノーネクタイで羽織ってもキレイなカジュアルが演出できるので、休日スタイルにオススメ。

定義
襟の先端にボタンがあり、前身ごろと一緒に止められる様になっているもの。
形は様々で、レギュラーカラーからワイドスプレッドまである。

ドゥエボットーニ

現在最も人気の有る、カジュアル・フォーマルどちらにも使える、便利でスタイリッシュな襟。
イタリア語で「ボタン2つ」という名の通り、第一ボタンのある場所に、ボタンが二つある。
襟が高くなっている為、ネクタイを外しても襟に立体感が残り、みっともなくなり辛い上に、大きめの結び目のネクタイによく合うので、非常に使い勝手がよい。今後も定番化していく襟形であるだろう。

定義
第一ボタンのあるべき場所にボタンが二つあること

ロングポイントカラー

ショートポイントカラー

クレリック

タブカラー

ピンポールカラー

イタリアンカラー

ラウンドカラー

マイターカラー

オープンカラー

スタンドカラー

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ドレスシャツの袖・カフス

ダブルカフス(フレンチカフス)

袖が折り返され、二重になっているシャツの袖を差す。起源には諸説るが、一般的にフランスで考案された事から、フレンチカフスとも呼ばれている。
縫い付けのボタンは無く、カフリンクスが必須となるので、面倒に感じる方が多いが、実際にはゴム製を選ぶなど、カフリンクス選びに工夫さえすれば、夏はそのボリュームがスーツの「軽さ」を補い、地味な冬のスーツスタイルも華やかな物にしてくれる。
ただ、折り目の部分が極めて汚れやすいので、注意が必要。

テニスカフス

余り目にする事が無いが、カフリンクス使用が前提の、シングルカフス。
ボタンが付いておらず、両端にボタンホールのみが有る。
この後紹介するコンバーチブルカフスもそうだが、シングルカフスのシャツにカフリンクスを着用すると袖が折れやすく、みっともない印象を与える事も有るので注意。
シングルカフスにカフリンクスを着ける場合は、糊を強めに付けるとよいだろう。

コンバーチブルカフス

テニスカフスのボタンホールの片側に、ボタンが付いている物で、カフリンクスなしでも着用する事が出きる。
オーダーシャツなどを作る場合、カフリンクスを着ける為にこのコンバーチブルカフスを選ぶ人は多い。
余程のこだわりがない限りは、テニスカフスよりもこちらを選んだほうが使い勝手はよい。

シングルカフス

ごく一般的なタイプ。ボタンとボタンホールが有り、着脱が便利な上に耐久性が高く、最も普及している袖。ボタンが2つあって袖口のサイズの変更が可能な物などもある。

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ドレスシャツの歴史

誕生

現代のシャツの源流は、古代ローマで日常着とされていた、「トゥニカ」 (tunica) であると言われている。

「トゥニカ」 (tunica) とは、主に男性が着用した、上着の下に着る袖の無いワンピース状の物全般を差し、膝丈程度から、くるぶし丈までの長いものが主であった。

ローマ帝国貴以降、袖が付けられたものが着用されるようになり、中世まではシンプルで、単なる下着としての機能を与えられるのみであった。

中世・下着としてのシャツ

15世紀に入り、フランスを中心とした宮廷文化が栄え始めると、女性のみでなく、男性もゴージャスな服装を着る事が、多くなってきた。

女性のドレスと同様に、男性の上着も豪華になっていったが、それまではただの下着でしかなかったシャツも、その流れでボタンやフリルの襟と袖口などが装飾され、本体・袖・襟という、現代のシャツを構成するパーツが出来上がった。

この頃、当然庶民の服装は着古した物が殆どで、白い衣服はほぼありえなかった。しかし貴族は汚れればすぐに新しい物を着ていた為、着用するシャツは常に真っ白であった。

これは常に白いシャツを着られるという、財力をアピールする物でもあり、庶民に対して「支配する者」と「支配される者」を誇示する者であったが、こういった貴族の華美な生活が、市民革命の呼び水となったという意見もある。

市民革命、産業革命後、新しい支配層であるブルジョアジーが選んだのは、一般市民と大差の無い、簡素で上質な服装であった。そのため、貴族を象徴するパーツの一つであった華美な服装は嫌われ、その要素は削れらていく。

その流れの中で、本体・袖・襟という構成のみを残し、シャツはシンプルな元の下着としてのみの役割に、戻る事になる。

因みに、「ワイシャツは下着である」と口煩い人が今でも言うが、1930年頃にブリーフなどの腰に履くアンダーウェアが登場するまでは、ワイシャツの前後を股の下で結んで、下着としていた。

この頃の話しを持ち出しての発言であると思われるが、こういった発言をする人がブリーフの代わりをワイシャツで果しているか、となると、行っている人はいないし、現在のワイシャツは底まで裾が長くないので、ほぼ不可能である。

日本での普及

日本へは、江戸時代の幕末から~明治維新の最中に日本へ伝わったと言われている。
ただ、明治に入っても、シャツを着る様な洋装の人間は軍隊の軍服や、政府の一部の高官のみで、一般的な庶民が洋装を着る様になるのは、都心でさえ明治後期に入ってからである。
地方や田舎の一般庶民に至っては、昭和に入っても和装が主流で、第二次大戦後に、やっと普及をし始める。

戦後、会社勤めのビジネスマンが増加すると同時に、シャツが爆発的に普及する。
そして日本は欧米の先進国以外ではほぼ初めて、一般庶民がスーツ・シャツの所謂ビジネススタイルを着用する国となり、現在では最もスーツ所持率の多い国の一つとなっている。

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